2018/11/29

大阪のアーケード・考

大阪をはじめとして関西圏にはアーケードのある屋根付き商店街がとても多いように思う。
雨風をしのぐとともに、夏の強い光からも、ひとびとを守ってくれる。
わたしの小学生の頃の尼崎の思い出も、アーケードのある生き生きとした商店街の風景が真っ先にうかぶ。
そこは人やものがあふれ、ことばや活気が飛び交う場所で、おおよそ地元の長野では見られない光景に、幼いながらも心が踊った。

今年の夏、下見に訪れた8月初旬の大阪は、目も眩むような暑さ・・・息ができないほどの、と言った表現が適当だと思う。そんな大阪の市街地でスナップ写真を撮ろうなんて呆れられるような行為だが、アーケードの存在がとてもありがたかった。
直射日光は避けられるし、ファサードはとても高いので、それほど暗くはない。
写真を撮るにはやや暗いのだが、歩いて空気を感じるには適している。
大阪市内の商店街が赤く記されている地図がある。この夏の8月8日に、規模が大きそうなものを5箇所を選び1日で回ったのだが、その殆どはアーケードのある商店街だった。

半分くらいシャッターが閉まっているところもあれば、賑やかで活気づいているところもあった。

「大阪は商人の町」という言葉はあまりにも有名だが、その言葉の本意をこの旅で初めて知ったように思う。
大阪で飲食店に入り食事などをしていると、お店の人のその対応の良さに、他所から来たひとは最初は驚くかもしれない。
某駅前の不味い蕎麦屋でも、会計を済ませると「ありがとう」や「おおきに」をおばちゃんから10回以上言われ、500円の蕎麦を食べただけでそこまで言われると、蕎麦が美味しくなかったという印象もまるで変わってくる。
下町、九条のカレー屋では、ライスの量を尋ねられ、解説してくれ、最初はこれを食べてね、とメニュー選びもアドヴァイス。食後のコーヒーにミルクを入れすぎてその事を指摘されたりと、最初から最後までおばちゃんとの会話が途切れなかった。余計なお世話とも言えるのだけど、サービスで緑茶やおかきを出してくれたりと、お店に来ているのか人の家にお邪魔しているのかわからなくなってくる。
このおばちゃんのことは「面白い店だな、今度来た時は注意されないようにしよう」と思った。

通天閣商店街は、串揚げや鉄板焼、海鮮を食べさせる飲食店の激戦区だが、呼び込みのお兄さんたちの振る舞いはさすがである。セリフなんかは東京とそう変わりはないのだが、間が良いというか、タイミングが良いというか、呼び込みの仕事の肝をちゃんと心得ていると感心した。思わず付いていってしまいそうな気持ちに一瞬、なる。

毎日外食していた大阪での何週間か、たまたまかもしれないが店の人の態度が良くないお店というのは、なかった。

そして「商人の町」という本当の謂われるところは、品物を売り付けたり売り上げに躍起になることではなく、客が不快にならないようにすることなのだということに、わたしは薄々気がついてきた。
お客さんが不快にならないー雨の日でも日差しの強い日でも、いつもと変わらず気持ちよく過ごしてもらい、気が向けば買い物をしてもらうーそれがアーケードという発想に繋がっているのではないだろうか。

ー都市はひとである、ひとは都市であるーということばが、この町ではストンと実感として落ちてくるのだった。