2017/08/30

中米への旅 -ハバナ 26,August-

<ハバナ 26,August>

今日でハバナでの撮影が最終日だと思うと少し寂しい気もするし(撮影は)もう充分だろう・・・という両方の気持ちになる。

そして、こんなに人を撮りたいと思わせてくれる都市は、もうこの先現れないのではないか・・・?という思いが頭を過った。

初日ハバナに降り立った日、ここはユートピアだと思ったが、やがてその考えは塗り替えられていく。
(私を含め)外国人と、ハバナ市民の経済格差、2種類ある通貨、食料や物不足による市民の貧しさと、その一方では、自由な経済活動の緩和により、急激に富を増やしていく一部のキューバ人もいる。
10日間という短い期間でも、そんな現実を感じない日はなかった。

しかし撮影最終日の今日、やはりキューバは一種のユートピア(理想郷、理想都市)だと思う。

私がそう考える理由は幾つかあるのだが、後日またゆっくり書きたいと思う。

※このブログ(中米への旅)の写真は、スマートフォンで撮ったもので、文章の内容と写真は関係がありません。
 (スマートフォンでの撮影は宿の近辺で軽く撮ったものが殆どです)
実際に撮影で使用
しているのは下記の機材です。
(MamiyaRZ6×7、65mm/90mm、kodak Trix 400)





中米への旅 -ハバナ 25,August-

<ハバナ 25,August>

今朝は海岸通をひたすら西へ。
海岸沿いは、ポツポツある高い建物やモニュメントが見渡せ、これまで見なかった風景で、とても新鮮だ。
旧アメリカ大使館で引き返し、新市街を通りぬけ、高低差のあるスタジアム周辺(サッカーグラウンド)をぐるっと迂回して旧市街の方へ戻ってくる。


新市街の瀟洒なお屋敷通りは街路樹が両脇に青々と茂り、雰囲気は良く、やや緩い坂道になっている。

ユネスコの世界遺産に登録されている旧市街とは、また異なる趣の街を見ることが出来て、今日はとても楽しかった。









中米への旅 -ハバナ 24,August-

<ハバナ 24,August>

今朝はNeptuno通りを西へ。
ハバナ大学まで行ってみるが夏休みなのだろうか、閑散としている。

今日はゆっくり、じっくり街を眺めるように努める。
そのためか、これまでのように熱病にかかったように撮ることはなくなったが、人々に魅力を感じることに変わりなし。
少しづつ風景にも目が行くようになる。
paleな空とpaleな土壁・・・そこは階段を上がり切ったところで、家々が何とも言えず絵になる、そんな場所と出会った。








中米への旅 -ハバナ 23,August-

<ハバナ 23,August>

今朝はいつものようにギラギラとした光が窓から入ってこないな、と思っていたら今日はハバナには珍しく曇りだった。

今日は旧市街ではなく、少し西のVedado(ベダード)地区の方へ歩いて行ってみる。
人々の、やや力の抜けた表情や身なりに何だか私は好感を覚え、またそこに、よそ行きではない人々の素の姿を見出した。









中米への旅 -ハバナ 22,August-

<ハバナ 22,August>

今日もひたすら南下して撮り歩く。

途中、撮影に集中する余り、意識が狭まり気が付いたらフィルム10枚を撮り終えているということが暫し・・・。(私のカメラはフィルムは10枚で終わります)

その昔、荒木経惟さんが、新宿歌舞伎町は1メートル歩く度にシャッターが押せると書いていたが
私にとってのハバナの街はそれと同じような感覚がある。
どんどんと人が現れては通り過ぎ、その人々も老若男女入交り、実に多様で味わい深いのだ。
そしてハバナの都市という劇場空間が、歩いても歩いても絵になる仕掛けを永遠に演出してくれているようだ。








中米への旅 -ハバナ 21,August-

<ハバナ 21,August>


照りつける強烈な日差しで最初は熱中症のような症状になったが、だんだんハバナの暑さにも身体が慣れてきたみたいだ。

今朝は旧市街の北の端から南の端まで歩いた。その距離は2キロあまりで、写真を撮らずに普通の速度だと僅か3,40分だと思う。

旧市街の南沿いは、港になっていた。貨物の線路やバスターミナルなど、小さいながらも、ハバナという都市の動脈部を見た。





中米への旅 -ハバナ 20,August-

<ハバナ 20,August>

今朝は宿のあるAguila(アギラ)通りを南下する。
中華門を過ぎて、もっとずっと南の方へフラフラと(撮影)する。
スーパーを始め雑貨店や果物や野菜を売るような市場があり、この辺りは人が多く出ていて活気がある。

子供たちが大勢で思いっきり路地で遊んでいて、それを近所の大人たちが、思い思いの態勢で見守っている。
街行く若い娘さん(セニョリータ)からは、内側から滲み出る「生きる力」のような、強くはっきりとしたオーラのようなものを感じる。

若い人が生き生きとしている都市は素晴らしいと思う。











中米への旅 -ハバナ 19,August-

<ハバナ 19,August>

今日からハバナで写真を撮る。

朝食後、宿から海まで行ってみる。
徒歩で約10分、海まで行く間の路地に人々がたむろす様子があまりにも良すぎて、ブローニフィルム10本(100枚)は
すぐに撮り終えてしまう。
(数に限りがあるので)少しセーブしなくては
マズイ・・・と思った。









中米への旅 -ハバナ 18,August-

<ハバナ 18,August>

今回の私の旅の大きな目的の一つ、キューバの首都、ハバナのカーサ デ  アジア(アジアの館)での「ENTRE FRONTERAS」の展示が始まる。
日本写真協会賞・新人賞受賞作品の世界巡回展は、初めて
ハバナでの*展示が実現した。



 

*企画、主催:日本写真協会・カーサ デ アジア
 後援:在キューバ日本大使館
この展示は、2013-2015までの3年間の日本写真協会賞・新人賞受賞作家(各年2名・計6名)の作品を世界の都市で巡回する企画である。

日本の写真を通して写真文化の理解と発展を目的としており、特に日本の写真の認知度がそれ程高くない国や都市で行っている。
現在モスクワの、ロシア国立東洋美術館でも同じ展示が行われている。


今日はカーサ デ アジアで「ENTER FRONTERAS」の開会式があった。
カーサ デ アジアの館長で、今回の展示のディレクターであるテレシータ・エルナンデスさんと、在キューバ日本大使館の伊藤ヒカルさんの挨拶があり、それぞれスペイン語、日本語に通訳される。

開会式には、ハバナの写真家や写真が好きな方はもちろん、日本に興味のあるハバナ市民の皆さんが60名も来てくださった。
私はキューバ国営テレビ局のインタビューを受けたり、ハバナの写真家や地元の方々とお話しでき(スペイン語の通訳は日本大使館の方が引き受けて下さる)心に刻まれる忘れられない時間となった。

◆展示作品について

西野壮平さんのジオラマの作品(チラシ右上)は、ハバナと東京の2作品で、これは誰が見てもとても楽しい。
また、清水哲朗さん(チラシ左上)と石川竜一さん(チラシ右下)の作品は、個人的な思いを写真にこめているにも関わらず普遍的で、キューバの人々の心に直に訴えてくるように(私には)思え、ここでも私は写真の持つ力を改めて感じたのであった。

特に石川竜一さんの作品は沖縄を舞台にしているからだろうか・・・沖縄とハバナの風土の共通点も手伝ってか、この地にすっかり溶け込んでいるように思える。

斎藤陽道さん(チラシ中央右)と中井靖也さん(チラシ中央左)の作品は、ふたりの作品の質は全く異なるのだが、共通して日本独特の要素が際立っていた。
斎藤さんの写真は、日本を包む虚無感というベールや、今の時代の空気感を表していると私には思え、それは、キューバの社会とは一線を画している。
中井靖也さんの撮る「鉄道写真」というジャンルは日本固有のもので、鉄道が発達していないキューバでは、たいへん珍しい、異国情緒のある写真になっている。
日本で見ると何も気にならなかった視点が、キューバで展示を観ることでこのように浮き上がってくる事実は、とても面白いと思った。
(モスクワではまた違った見え方がするのだろう)

私の作品(世界の10都市の比較都市論としての作品)は、
ハバナ市民の方々の頭にすんなりと入ってくれたようだ。
日本ではコンセプチュアルで複雑な作品のように捉えられることが多いが、実は至ってシンプルなメッセージの作品である。
それがキューバの人に伝わったことは嬉しかった。

同じ写真でも、環境によってその見え方が変わること、
キューバと日本での写真の見え方の違い・・・これはとても不思議なことだ。

そう、写真とは生きものである。


テレシータ・エルナンデスさんと伊藤ヒカルさん





2017/08/29

中米への旅-ハバナ 17,August -

<ハバナ 17,August>

今朝は5時半に起床してメキシコシティからキューバの首都、
ハバナへと移動する。
飛行機に乗っている時間は2時間半と短いのだが、ハバナの空港で荷物の引き取りに1~2時間(荷物を引き取るゲートを間違え延々と待っていたのだ)
その後外貨からキューバ通貨の*CUCに両替するために2時間以上列に並び、民泊の手配してくれたお兄さんのタクシーで旧市街の宿に着いたのは19時過ぎだった。

今日は本当に長い1日だった・・・。
でも、ハバナ旧市街の想像を超えた風景を目にし、すべての疲れが吹き飛ぶような気がした。

ここは都市というより夢の世界かな・・・?
ひとつのユートピアを形成していると思った。


*キューバの通貨は外国人が使うCUCとキューバ国民が使うCUPの2つがある。
CUC1=CUP25







2017/08/17

中米への旅 -メキシコシティ Ⅻ-

<メキシコシティ Ⅻ>

2週間弱のメキシコシティ滞在が今日で終わろうとしている。
生活しながら街と人の撮影をすることで、私なりにメキシコシティのエッセンスを感じとることができたように思う。
この都市では、人が生き生きとしている、表情や目が、やわらかい人が多いと感じた。

マフィアが警察より強力だという事前情報を聞いていたので、
どれだけ大変な都市なのかと、どぎまぎしながらこの地に降り立ったのだが、少し拍子抜けする位穏やかな人々がいた。

もちろん撮影に関してはすべて順調だったとは言えない。
時に、あまり見かけない姿の東洋人が下町に現れ、フラフラ歩きながら大きいカメラで写真を撮っている姿は良く思われなくて当然である。

しかし私も大義があるので撮らなければならない。

人物を撮った写真はほぼ全てノーファインダーなので、どんな風に撮れているのか私自身予想できないが、それ故に楽しみである。

*明日はキューバへ発ちます。
キューバではネット環境が悪く、ブログの更新は難しいと思いますが、帰国後綴りたいと思います。




2017/08/16

中米への旅 -メキシコシティ Ⅺ-

<メキシコシティ XI>

私の敬愛する建築家の一人、*ルイス・バラガンの自邸がメキシコ市内にあり、予約制で見学することができる。
(入場料300ペソ=約1,800円)
昨日予約のメールを入れてみたところ「今週は予約でいっぱいです」との残念な返事がきた。

それならば外観だけでも観に行こうと宿を出たが、目的の住所に辿り着くが、バラガン邸がどうしても見つからず、諦めてその場を後にすることに…。

行きはメトロ(雰囲気が良くないので極力乗らないようにしてる)
で来たのだが、帰りは歩くことにする。

あまり期待せず、初めての街、初めての道を気の向くまま歩いて行ったのだが、ふと私の写欲にスイッチが入った。
通り、人、街の雰囲気のすべてが良い。

ここはサン ミギュエル チャプルテペックと言って、市内随一の広大なチャプルテペック公園の南に隣接し、コンデサ地区(若者に人気のお洒落なエリア)とタクバヤ駅(危険なエリア)に挟まれた地域だ。


どちらかと言えば貧しい人々が多く住む地域だが、それほど寂れている訳ではない。
個性の際立った3つのエリアに責められ、とても微妙なバランスの上に成り立っている地区のように私には思えた。

恐らく私は、こういう何とも形容し難い地域や場所が好きなのだな…と一人勝手に納得した。

今日の思いがけない“場所との出逢い”は、
自邸を観ることが叶わなかった事への、バラガン氏の天国からの温情だったのかな?と思うことにした。

*ルイスバラガン邸
2004年に世界文化遺産に登録される。
*ルイス・バラガン(1902-1988)
20世紀を代表する建築家。1980年 プリツカー賞受賞。