2019/05/15
ネパールへの旅—マイディ村 9―
お父さんの教えてくれた山道を行くこと20~30分。
道程からの景色は見晴らし良く壮観で、グラデーションのように重なり続く彼方の山の稜線、そして手前には山裾が谷に深く沈んでいく様子が、くっきりと見渡せた。
村のメインストリートに辿り着くと、激しい登り階段の上に学校のような建物があったので立ち寄ってみることにする。
校舎の中に入ることも、教室を覗くのも、撮影も自由。
この時はちょうど昼休みの時間だったのか、多くの子どもたちが教室にはおらず、外に居るか家に戻ったか、のようだった。
薄暗い教室で職員会議のようなものが行われていた光景が少し異様だったが、いかなる時でも節電、節電なのだろう。
2019/05/14
ネパールへの旅—マイディ村 8―
たっぷりとした波が押し寄せるような豊かな時の層、角ばったものは何ひとつなかった。
果てしなく長く続く時、というのはこういうことを言うのかもしれない・・・。
しかし、そろそろこの家をあとにしなければならなかった。わたしたちの荷物はまだ、昨夜泊まったクリニックのお家のベッドの上に置いたままだったから。
足の悪いお父さんが、家の北の坂道を登り、見送りにきてくれた。
そしてわたしたちの姿が見えなくなるまでずっと立っていた。
この光景は過去に何十回も、そして映画などでも飽きるほど観ているのに、胸を掻き立てられるのはなぜだろうーそんなことを思いながら、わたしは山道を登っていた。
そしてこの二日の体験がどこか他人事に思えるのは、確認しなくてはいけないことや、このことを話さなくてはいけない人がいるからで、まだわたしの仕事は終わっていないのだということに気づいたのだ。
2019/05/13
ネパールへの旅―マイディ村 7―
そのあとのことは夢の中の出来事のような、幻想的な時間だった。
ビカスさんは、バッドリさんのお父さんからずっと話を聞いている。
その姿はジャーナリストが村の長老から話を聞くというよりも、友人のおじいちゃんから話を聞いている姿のようであった。
その横で、お母さんはチヤを出してくれたり、ダルバート(ネパール風定食)の準備のためにすぐ下の畑で青菜を収穫し、それを山から引いてきた水で洗い、料理に取りかかっている。
「わさび菜かな?」と言いながらその様子を興味深くわたしたちは見つめた。
よく整えられ、きれいに掃除された土の上にゴザを敷いてくれ、その上でわたしたちはダルバートをいただいた。
途中、放し飼いにしている子ヤギがダルバートの匂いにつられわたしのところにやってきた。
その子の首を持って、向こうの方へ追いやる姿だけが唯一
毅然としたふたりの態度だったのだが、あとは、そっとやわらかい仕草と穏やかな表情がとても印象的で、いまでもずっとこころに残っている。
2019/05/12
ネパールへの旅—マイディ村 6―
この家の家族はちょうど朝の支度をしていた。
家の前には、土間のような、居間のような、広場のような曖昧な空間があって、わたしたちはそのヘリに座ってその様子や山間の景色を眺めたりしていた。
この家の幼い子は、お母さんに急かされながら学校に行く支度をしている。
ネパールでは子供は何歳から学校に行っても良いとのことで
親の考え方しだいだそう。(そして行かない子供もたくさんいる・・・)
そして、教科書などが入ったカバンはお母さんが学校まで届けてくれるのよ、と小川さんが説明してくれた。
隣家の子どもと連れ立って登校した後、若いお母さんが村の中心部まで穀物か何かを売りに行くための、その巨大な荷物を背負いながら、子どものカバンを持ったときは「まさか、本当に?」と思ってしまった。
2019/05/11
ネパールへの旅—マイディ村 5―
その家は、傾斜地に僅かな平地を作り出し建てられていた。
隣家との土塀は、テラコッタ色―それはまさに『紫の空』の中で見覚えのあるものだった。
この家がバッドリさんのご両親の家で、上田達さんの撮った写真の家なのかにわかに信じられず、家の外観の隅々まで、なめまわすようにわたしは観察した。同じ家でないにしても、うーん、かなり似ている、そう思った。
そうこうしているうちに、お隣の子が登校の誘いにやってきた。
2019/05/10
ネパールへの旅―マイディ村 4―
どうやら捜している家は、村のメインストリートを逸れた山の斜面の辺りにあるようだ。
その道すがら、風景と自然の圧倒的な強さにこころ奪われ、写真を撮ることに熱中し、前を歩くふたりの姿が徐々に小さくなっていった。
2019/05/08
ネパールへの旅—マイディ村 3―
マイディ村は、いくつもの山が連なる、その頂上付近や斜面に畑や家を造成しており、村のメインストリートを軸に、山嶺に沿って延々と細く長い道、そして道沿いには家々が続いている。
遥か向こうの山肌にも、同じく急斜面を細く区切って作った段々畑の景観を臨むことができ、おそらくそこもマイディ村という名称なのだと思った。
山間のそうした村の人口は多くないのだが、村の端から端までが長大に延び、徒歩で村中を移動することは一日仕事であろうと容易に想像ができた。
いくつかあるマイディ村のバスの停車所の終点で降りたのは、正しかった。
マイディ村に到着したその日はすっかり日が傾き、急いでその辺りでホームステイできる家を捜した。そして翌日にはバッドリさんのお家を訪問し、バッドリさんの両親とその親族に会うことができたのは、この旅に同行してくれた小川さんとビカスさん(ネパール人ジャーナリスト)のお陰だと、旅が終わり暫く時間を置いてから、遅れ馳せながらわたしはようやく気付いたのだった。
そしてマイディ村は、わたしのなじみ深い長野県の戸隠村のようなものかな、と思った。
広大な山間部の戸隠村で、情報が少ないまま徒歩で一軒の家を捜すことは、たいへん骨の折れることだとすぐに理解できたからだ。
2019/05/07
ネパールへの旅—マイディ村 2―
マイディ村に行くきっかけになった一冊の本がある。
『紫の空』
上田達さんが旅して撮影した海外の写真を、母である敦子さんがまとめた、やわらかな紙が印象的な本だ。
その中には、ネパール、チベット、モロッコの写真があった。
ほかの二か国は旅の途中で撮ったカットだったが、
ネパールだけ、なぜかマイディ村での写真が集められていた。
そして子どもたち、村の様子の、その背景にある緑の深さにこころ惹かれ、こんなところに行ってみたいと純粋に思ったことが、思い出される。
達さんがマイディ村に行った10月、ちょうど雨期が終わり少し経った頃のその季節は、たっぷりと成長した木々や植物が、画面からあふれるように、きらきら輝いていた。
2月、その様子は少し違ったのだが、山の上に住むひとびとの平和なくらしと、自然の美しさをわたしたちは目にすることになる。
『紫の空』
上田達さんが旅して撮影した海外の写真を、母である敦子さんがまとめた、やわらかな紙が印象的な本だ。
その中には、ネパール、チベット、モロッコの写真があった。
ほかの二か国は旅の途中で撮ったカットだったが、
ネパールだけ、なぜかマイディ村での写真が集められていた。
そして子どもたち、村の様子の、その背景にある緑の深さにこころ惹かれ、こんなところに行ってみたいと純粋に思ったことが、思い出される。
達さんがマイディ村に行った10月、ちょうど雨期が終わり少し経った頃のその季節は、たっぷりと成長した木々や植物が、画面からあふれるように、きらきら輝いていた。
2月、その様子は少し違ったのだが、山の上に住むひとびとの平和なくらしと、自然の美しさをわたしたちは目にすることになる。
2019/05/06
ネパールへの旅―マイディ村 1 ―
マイディ村*は、首都カトマンドゥと、ポカラ*の約200キロの道程そのほぼ中間地点に位置する。
プチャールバザールという麓町から出発する、1日にたった2,3便のバスは、躊躇なく山道へと切り込んで進む。
子どもたちはバスの天井に次々と飛び乗り、頭の上で何度も「ドスン、ドスン」という振動が伝わってくる。
麓町から徒歩で半日、と言われた。
バスで2時間ほど行くと、雲の上の村があった。
*マイディ村―2015年のネパール大地震の震源地Gorkha(ゴルカ)から、そう遠くない。
地図から、マイディ村の標高は約1,500~2,000メートルくらいと推定される。
(カトマンドゥの標高が1,330メートル)
*ポカラ—ネパール最大のリゾート観光地。ヒマラヤの景観と湖、そして緑が美しい。
2019/04/28
ネパールへの旅―ハリオン 10―
2泊3日、ハリオンでの日々。
立て続けにさまざまな出来事が身に起こり、わたしはただそこに立っているだけの人、だった。
頭の中で物事を組み立てたり、考えたり、ことばで返すということは間に合わなかったし、叶わなかった。
そんな激しい流れの渦の中にわたしはいたように思う。
ハリオンでの時間は幼年時代の体験に近いものかもしれないと、いまその時間を振り返りながら、じわじわと感じるのだ。
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2019/04/24
ネパールへの旅―ハリオン 9―
孤児院のこどもたちとのおだやかな時間。
不可触民とされているひとびとの住む地域でおこなわれた、
子どもたちに向けた小川さんとサパナさんによるおりがみ教室。
フェスティバルで出会った地域のひとびとと、食べたり飲んだり踊ったりした夜。
ごく僅かな滞在の日々で、一体どれくらいのひとびとと出会ったことだろう・・・。
そのことの意味や、与えられた影響―まだ消化できてはいないけれど、日本で日々を送っているうちに、すこしづつだけれど、整理できるようになってきた。
それはどうだったのか、わたしは写真に聞いているようなところがある。
写真を撮った自分がまるで別人物かのように・・・。
2019/04/21
ネパールへの旅—ハリオン 8—
お祭りというのは、どこの国や地域でも似たような空気がながれているものかもしれない。
ハリオンでのフェスティバルの写真を見ていて、小池昌代の随筆中のくだり、深川の水掛け祭り*での、多感で危うい思春期のころの記述が、思い出された。
この日はだれもが、ソワソワ、ワクワクといった非日常的で特別な感情を持っても良い日—なのだろう。
*小池昌代が育った江戸、深川に古くから伝わる夏祭り。
ハリオンでのフェスティバルの写真を見ていて、小池昌代の随筆中のくだり、深川の水掛け祭り*での、多感で危うい思春期のころの記述が、思い出された。
この日はだれもが、ソワソワ、ワクワクといった非日常的で特別な感情を持っても良い日—なのだろう。
*小池昌代が育った江戸、深川に古くから伝わる夏祭り。
2019/04/18
ネパールへの旅—ハリオン 6—
彼女がわたしたちにチヤを出してくれ、サロージさんと話しこんでいる。
わたしたちは家の前のちょっとしたスペースで、この辺りの土地でしか見られないような果物の実を見てあれは何だろう、などと話をしながら風に吹かれていた。
彼女は時折訪れるお客さんに対応したり、わたしたちのためにサトウキビをお土産にと収穫し、運びやすいように加工してくれたりと、動き続けている。
フィルムを交換している姿を見て、サロージさんが、なぜフィルムで撮るのかとわたしに聞いてきた。
「これはモノクロフィルムで、現像からプリントまで全部自宅で出来て効率が良いから、そして大きくプリントを伸ばした時、とても美しいから」などと説明していると、彼女がじっと好奇の目でわたしを見つめ、結婚しているのかと聞いてきた。
「Yes」と答え、今度はわたしが彼女の歳を聞いた。
そしてわたしたちはほとんど同年代だということが分かった。
同じ女性として、わたしの生き方が不思議な感じがするということは、容易に想像できる。
家族のため、子どものため、人のためにずっと働く女性―そしてネパールの女性は大方そうなのだろう。。。

わたしたちは家の前のちょっとしたスペースで、この辺りの土地でしか見られないような果物の実を見てあれは何だろう、などと話をしながら風に吹かれていた。
彼女は時折訪れるお客さんに対応したり、わたしたちのためにサトウキビをお土産にと収穫し、運びやすいように加工してくれたりと、動き続けている。
フィルムを交換している姿を見て、サロージさんが、なぜフィルムで撮るのかとわたしに聞いてきた。
「これはモノクロフィルムで、現像からプリントまで全部自宅で出来て効率が良いから、そして大きくプリントを伸ばした時、とても美しいから」などと説明していると、彼女がじっと好奇の目でわたしを見つめ、結婚しているのかと聞いてきた。
「Yes」と答え、今度はわたしが彼女の歳を聞いた。
そしてわたしたちはほとんど同年代だということが分かった。
同じ女性として、わたしの生き方が不思議な感じがするということは、容易に想像できる。
家族のため、子どものため、人のためにずっと働く女性―そしてネパールの女性は大方そうなのだろう。。。

ネパールへの旅―ハリオン 5—
時折雨の降りしきる中、サロージさん運転のジープは次の集落へ。
サロージさんのプロジェクトで10年前に知り合った
もと生徒の女性の住む家へと向かう。
そこは立派な家々から成る集落で(その家は彼女の夫が友人たちと何人かで建てたとのこと)
彼女が小売店を営み、家、畑、納屋などがある、穏やかでのどかな一帯だった。
2019/04/14
ネパールへの旅-ハリオン 4-
コミュニティハウスを出て、集落をぐるっとまわり、家々や、わたしたちを出迎えてくれたひとびとを眺めながら歩く。
こどもたちは、海外のメーカーの衣類を身に着けていて、ひとめでセカンドハンドの寄付の品という事が想像できた。
そして裸足の子がほとんどだった。
しかし、ものを持たないひとびとが貧しいとは限らないと、今、本当に思う―
それは子どもたちの表情が如実に物語っているためで
こんなにも感じの良い好ましさと、謙虚さと、好奇心に満ちあふれているからーだ。
ネパールへの旅―ハリオン 3-
100パーセント非識字のひとびとの住む集落での滞在は、ほんの僅か20分くらいだったと思う。
コミュニティハウスの中でサロージさんが子供たちに何か話しかけている時間がほとんどで、
その間わたしは必死にシャッターを押した。
(開放値で、シャッタースピードが良くて30分の1という条件の悪さだったにも関わらず・・・)
おそらく、もうこんな景色ーひとびと、状況には出会えないという直感から・・・だったと思う。
いま、できてきた写真を見てみると、なぜこんな見ず知らずの人間に対して
警戒心のない澄んだ表情ができるのだろうか、ということにはっとして気が付いている。
もちろん、彼らのサロージさんへの信頼の証なのだろうが、それにしても・・・・・。

ネパールへの旅―ハリオン 2―
ハリオンでの二日目の朝、激しいスコールとともに、雹まで降った。
空から落ちてきた雹は、手に取ると数ミリから一センチまでになるほどの大きさで、こんな経験は後にも先にも一度きり、そんな気がした。
「乾季の今、雨でさえ珍しいのに加えて雹まで降るなんて、何てこと・・・!」と
同行の小川さんは幾度も言った。
100%非識字のひとびとの住む集落へ、サロージさんが車で案内してくれる。
そこには、床は土、壁は木と土、屋根は藁とわずかなトタンで作った家が集落を形成していた。
ジャングルを切り開いて作ったようなところ、
その集落の中心部にサロージさんの活動によって建てられた
コミュニティハウスがあり、勉強を教えたり、図書館のような目的で使うとのこと。
(といっても、本はどこにも見当たらない)
空から落ちてきた雹は、手に取ると数ミリから一センチまでになるほどの大きさで、こんな経験は後にも先にも一度きり、そんな気がした。
「乾季の今、雨でさえ珍しいのに加えて雹まで降るなんて、何てこと・・・!」と
同行の小川さんは幾度も言った。
100%非識字のひとびとの住む集落へ、サロージさんが車で案内してくれる。
そこには、床は土、壁は木と土、屋根は藁とわずかなトタンで作った家が集落を形成していた。
ジャングルを切り開いて作ったようなところ、
その集落の中心部にサロージさんの活動によって建てられた
コミュニティハウスがあり、勉強を教えたり、図書館のような目的で使うとのこと。
(といっても、本はどこにも見当たらない)
2019/04/11
ネパールへの旅―ハリオン 1―
ハリオンに着いたのは2月8日の15時過ぎ。
宿泊予定のホテルの部屋に通され、荷物を置き、隣の建物の1階のカフェに行くとSaroj(サロージ)さんがわたしたちを待っていた。
ここはインド国境まで20キロほどの街で、インドからの物資輸送車などがひっきりなしに行き交い、そのホテルは幹線道路に面していた。
カトマンドゥとは明らかに違う気候、植生、それにひとびとの顔だち。
ボワンと膨張した空気が、南国であることを伝えてくる。
宿泊予定のホテルの部屋に通され、荷物を置き、隣の建物の1階のカフェに行くとSaroj(サロージ)さんがわたしたちを待っていた。
ここはインド国境まで20キロほどの街で、インドからの物資輸送車などがひっきりなしに行き交い、そのホテルは幹線道路に面していた。
カトマンドゥとは明らかに違う気候、植生、それにひとびとの顔だち。
ボワンと膨張した空気が、南国であることを伝えてくる。
2019/04/08
ネパールへの旅-Introduction-
ちょうど2ヶ月前、南ネパールのハリオンに居た。
2ヶ月・・・というとひとは多くのことを忘れてしまうけれど、彼らはわたしのことを憶えていてくれるだろうか。
ジープの屋根で揺られる中、写真を撮ってほしいと言われて撮った。
けれどもこれはすぐに見られるデジタルカメラではない。
そのことで彼にがっかりされた。
「ごめんね、」と思いながらも
こうしてフィルムを日本に持ち帰り、現像を終え、プリントに着手しようとしている。
その時間は、自身の記憶や精神の沼で発酵に要する最短とも思える、決して省くことのできない貴重なものなのだ。
ネパールにいる間、ざらざらとした現実を生きている様な気持ちだった。
物事の表面がささくれ、嫌でも記憶に引っ掛かってくるような日々だった。
一方で、わたしが写真を通して見たネパールは、どんなものだったのだろうか。
2ヶ月・・・というとひとは多くのことを忘れてしまうけれど、彼らはわたしのことを憶えていてくれるだろうか。
ジープの屋根で揺られる中、写真を撮ってほしいと言われて撮った。
けれどもこれはすぐに見られるデジタルカメラではない。
そのことで彼にがっかりされた。
「ごめんね、」と思いながらも
こうしてフィルムを日本に持ち帰り、現像を終え、プリントに着手しようとしている。
その時間は、自身の記憶や精神の沼で発酵に要する最短とも思える、決して省くことのできない貴重なものなのだ。
ネパールにいる間、ざらざらとした現実を生きている様な気持ちだった。
物事の表面がささくれ、嫌でも記憶に引っ掛かってくるような日々だった。
一方で、わたしが写真を通して見たネパールは、どんなものだったのだろうか。
2019/03/22
上田達写真展のご案内
上田達写真展(2019年4/27~5/30・ニュースアートギャラリーウォーク)
企画:上田敦子
『PYRAMID SONGS』アンコール遺跡をゆく 上田達写真集(青山ライフ出版/2016)、『紫の空』上田敦子・文 上田達・写真(田畑書店/2017)
2冊の写真集に続き、上田達写真展が開催されます。
―
チベット、ネパール、モロッコ、カンボジアなど、アジアを旅した若者がいました。
彼は旅先で写真を撮ることに貪欲に取り組んでいました。
彼の遺した写真をご両親がパソコンから見つけ、
それらの写真が世の中に出るきっかけになりました。
写真の中でしか知る事のない達さん―その目をなぞるように、この2月わたしもネパールのマイディ村を歩いていました。道端のブランコや彼がファームステイした農家の佇まい、山羊の小屋など。そこには、2010年に上田達さんが撮ったままの村のフウケイと暮らしがありました。
今回の展示は、上田敦子さんが達さんの写真に、ことばを響かせていきます。
どんな歌を聴かせてくれるのでしょうか、楽しみです。
―
上田達写真展:2019年4月27日(土)~5月30日(木) 無休
平日 9:00-19:00
土日祝 10:00-18:00
ニュースアートギャラリーウォーク
(汐留メディアタワー3F)
企画:上田敦子
『PYRAMID SONGS』アンコール遺跡をゆく 上田達写真集(青山ライフ出版/2016)、『紫の空』上田敦子・文 上田達・写真(田畑書店/2017)
2冊の写真集に続き、上田達写真展が開催されます。
―
チベット、ネパール、モロッコ、カンボジアなど、アジアを旅した若者がいました。
彼は旅先で写真を撮ることに貪欲に取り組んでいました。
彼の遺した写真をご両親がパソコンから見つけ、
それらの写真が世の中に出るきっかけになりました。
写真の中でしか知る事のない達さん―その目をなぞるように、この2月わたしもネパールのマイディ村を歩いていました。道端のブランコや彼がファームステイした農家の佇まい、山羊の小屋など。そこには、2010年に上田達さんが撮ったままの村のフウケイと暮らしがありました。
今回の展示は、上田敦子さんが達さんの写真に、ことばを響かせていきます。
どんな歌を聴かせてくれるのでしょうか、楽しみです。
―
上田達写真展:2019年4月27日(土)~5月30日(木) 無休
平日 9:00-19:00
土日祝 10:00-18:00
ニュースアートギャラリーウォーク
(汐留メディアタワー3F)















































