2015/04/30

アーティスト・ポートレート・シリーズ


画家の目黒美希さんとは橋本崇彦氏との共作
「彼女の生き方、私の生き方、」という企画で出会った。(2002年)
その後友人となり13年が経った。
目黒さんも私も仕事をしながらそれぞれ作家として活動している。

この日のテーマは
「懐かしさに思いを馳せて・・・」だ。

目黒さんが生まれ三歳まで過ごした場所と
彼女が中学高校時に通っていた学校が偶然近くだった。

目黒さんにとっての思い出の場所・・・と
目黒さんと私の13年・・・という両方の思い出をかけている。








  目黒美希さんHP                  
  HPhttp://www.freewebs.com/mikimeguro/




                                          



                                                     
                                                                                                                                        

2015/04/27

アーティスト・ポートレート・シリーズ

2001年に始めた女性アーティストのポートレートシリーズ
「ラフレシアを探して」から派生した「アーティストポートレートシリーズ」は現在も依頼があった時に撮っている。
人を撮るのはやはりワクワクしてとても楽しい。
                              (写真はHealingArt)














2015/03/30

羽田 (17)


もっとも自由なこととは
旅立てること
帰れること
それを自分の意志で決め、実現できることかもしれない。








2015/03/25

空

いつも思うのは・・・

世界一観光客が訪れるというこの都市は
晴れていると飛行機雲がひっきりなしにつくられる。

―世界中からこの都市に向けて
あるいはここから世界中の都市へ―

空の白いラインを見ているといつも日本が恋しくなる。






2015/03/23

羽田 (16)

距離

距離を置くだけでみえてくることがある。
あるいは距離を置かないと見えてこないものがあると
言い換えた方がよいのだろうか・・・。

羽田に立つとすぐ近くの首都圏の喧騒が嘘のように
静かで平穏な気持ちになる。

そして「都市とは何か・・・」という
ずっと継続している思考がすっと入ってきてくれる。




























2015/03/05

羽田 (15)



東京では年に一度あるかないかの靄(もや)が発生した日。
霧(きり)ではなく、この日は確実に靄(もや)だった(視程7キロ)


東京南部のビル群が雲の中に林立する姿は虚構都市のようで
とても幻想的に見えた。

こんな時は心底、写真をやっていて
そして撮りたいものがそこにあって幸せだと感じる。




2015/03/02

羽田 (14)


ここには何もなくて
しかしすべてのものがあるように思う。

無と有
精神と物質

そんなことをずっと考えている。






2015/02/16

羽田 (13)


視界を遮るものが何もないここからは
首都圏の高い建物なら大概のものが目に入ってくる。


距離を置いて、しかし遠目から眺める都市の姿は
ある意味でアルプスの峰々を見ているような壮観さがある。




2015/02/12

羽田 (12)


土と水と空
あるいは風と光・・・

羽田を形づくっている要素は限りなく少ない。





2015/02/02

羽田 (11)


 強さとやさしさ

強い写真を撮りたいと常々思っているのだが
同時にやさしい、やわらかい写真も撮りたいと思う。

強さの中にもやわらかいものが滲み出てくるような表現
そんなものが憧れだ。

それは
音楽やすべての表現に共通して言えることではないだろうか・・・。










2015/01/22

感謝をこめて。


写真家木之下晃さんの訃報が届き
お話した事、頂いたお手紙の内容をひとつ、ひとつ
思い出している。


常に直球で鋭い球を投げかけてきた方だ。

厳しくも、愛情あふれる情熱の写真家は
多くの名言を残し、若手写真家に大いに勇気を与えたと思う。

本当にどうもありがとうございました。

ご浄福をお祈りいたします。



2015/01/18

羽田 (10)


目の覚めるような光景、風景に出会うことは
日常的に起こっているのかもしれない。

あとは自分がそれを感じることができるか否かだ。

ここを歩いていると毎回感じることだ。




2015/01/12

羽田 (9)


年が明けて再び羽田へ。
滑走路の対岸の京浜島から臨む。

乾いた空気と海と空と埋立地は
頭を空っぽにさせてくれる。





2015/01/05

樹について

長野 4

 
Trees are  dancing with snow.






樹について

長野 3


実家のケヤキの大木

左右に伸びた枝を何本も払い、すっきりした姿のケヤキ。
真冬にかなり短く散髪した人のように寒そうだけれど
これでまた一緒に時を過ごすことができそうだ。





2015/01/01

2015 新年


柏の木の枝のように

無骨でも、しっかりと強くありたい。





2014/12/28

年末


年が押し迫ってくると街は気忙しくなる。

いつもと変わらない日常を願う私は
それを避けるように荒川の河原に出る。
だいぶ冷たくなった風が吹いているが
太陽の日差しがあたたかく心地よい。




2014/12/24

羽田 (8)

―空の上から―

東京に戻る飛行機の中で窓からの景色に見とれる。

大気の層と空のグラデーションの美しさ、
地上に広がる山や河川の自然の造形美。
あるいは、煙が上る工業地帯、
直線に切り取られたような埋立地の海岸線。

遥か遠くには日本最高峰のシルエットがうっすらと浮かび上がる。

羽田に着いた時には一種感慨深いものがこみ上げてきた。




2014/12/18

羽田 (7)



羽田には他の空港と異なることなく、明るさがある。

そして首都の圧倒的な現実的性質と落ち着きを伴って
埋立地のキワでスレスレにやっている。

そんな風だから私は惹かれてしまうのかもしれない。





2014/12/10

羽田 (6)

        

しばらく休んでいた4×5カメラでの撮影を再開する。
カメラの故障もあったのだが
夏に10カット程撮って以来の撮影だ。

4×5の何が好きかと聞かれたらいくつかあるのだが
大らかな表現力と世界観はもちろんのこと
撮るまでに時間が掛かるという点かもしれない。

4×5で撮りたい程の景色に出会うことが簡単ではない。
そして出会ったとしても撮るまでに数々の操作と時間が要る。

4×5で撮影するという一連の行為や気持ちを
どんな風に例えたら解りやすいか、昔考えたことがある。

そして異性に例えたら良いと思いついた。

その場合、空想上・・・
私は男性、4×5は女性になっているのが常だ。






2014/12/09

羽田 (5)


過去の遺産というべき小屋がそのままになっていた。
どこの、誰の所有か曖昧になってしまったのだろうか・・・。

関係者以外滅多に外部の人が通らないから
さして問題にならないのだろう。

ここは特異な土地なんだ・・・と改めて確認する。







2014/12/02

羽田 (4)


初めての土地、街を歩くとき
その場所から発せられる声を聴きたいと耳を澄ます。
そしてメッセージが届くまで気長に待つことにしている。

私にとって羽田は初めての土地ではないけれど

沈黙を守っている大地からまだ返事はない。





2014/11/30

羽田 (3)


こんなにも人に出会わない都内は無いと思う。

延々と続くだだっ広い平坦な土地。

そして、次々に現れるイメージを掻き立てるモティーフ。







2014/11/25

羽田 (2)



「東京は冬が良い」とある写真家が書いていたので
冬に意識して写真を撮るようになったのは何年前のことだろう?

空気が澄み渡り、透明感がでるのが東京は冬だけなのだろう。

親日家の外国人写真家の友人に
「東京を撮るなら冬が良いよ!」と言ったら、
本当に冬に撮影に来てしまったことがある。

でもその気持ちは痛いほどよく分かる。

そこの場所のその時しか出会えない風景があるとか聞くと
写真家は居ても立っても居られなくなる性分だ。

















 

2014/11/22

羽田 (1)



十数年前まだ20代後半のころ、首都圏の中で
特に好きな場所だった羽田空港周辺。

思うところあって、再び写真を撮り始めた。

あの頃と変わってしまった部分、変わらない部分が
つぎはぎ状に現れる。

それでも野原・・・空き地・・・といった使途曖昧な土地がまだ残っていて
都市の余白、隙間を追いかけている私には
相変わらず魅力ある場所だ。











2014/11/17

羽田 Introduction


32年振りに羽田空港から国際線を大々的に飛ばすようになったのは、ここ最近のことだ。(2010年10月21日)

二十歳前後の頃よく聴いていた
矢野顕子さんの「SUPER FOLK SONG」のアルバムの中に
「塀の上で」という曲があった。
鈴木慶一さん(はちみつぱい)のカヴァー曲だが
その歌詞には「羽田から飛行機でロンドンへ(君は)お嫁に行くんだね」という切なく印象的なフレーズがある。

無論私が聴いていた当時は羽田から国際線は
飛んでいなかった。

だから少し不思議な気持ちと、時代性を感じながら聴いていたが

今度は羽田が国内線のみだった時代が
人々の中では懐かしく古ぼけた記憶として作られていくのだろう。












2014/11/09

十勝へ

初冬の十勝、
少しの時間だが
行きたかった場所で撮影をすることができた。

初冬の十勝は私にとって初めてだが
いつ来てもここの風景は
心に風が通り抜けるような気持ちの良さがある。


樹や草むらに言葉を投げかけ
会話するように撮ってみた。














2014/10/30

『TOPOPHILIA』の編集者・河野和典さん

河野和典さん(Studio Ray代表)に最初にお会いしたのは2011年の夏の事。私の作品TOPOPHILIAの編集をお願いに写真を観て頂いた時だ。

最初は乗り気ではなかったようでしたが、作品を観るうちに
目が輝きだし、すぐに引き受けて下さるお返事をもらう。

河野さんがTOPOPHILIAの作品を観た最初の言葉は
「一貫性があって見やすい。畠山直哉の写真のような独自の構図だ」とおっしゃってくれた。
油絵を描いたり大辻清司さんに師事していた畠山さんとは、僭越ながら、写真一本ではなく色々なことやったという意味では自分も共通点がある。
今考えればとても嬉しい言葉だった。

その後の河野さんの本作りへの情熱はすばらしかった。

本の構成に関してはほぼ100%私の意図を通してくれたが、
一点だけそうではなかった強い思い出がある。

「著者あとがき」の文章を書いて見せたところ、(河野さんにとっては)私の文章があまりにひどかったのだろう。

赤ペンで修正した箇所が無数にある原稿が返されてきた。
河野さんが頭に血が上って熱くなりすぎたのか、或いは
達筆のせいもあり、ほとんど読めない部分もあるが簡単に言えば書いたものに対して全否定だった。

それで書き直したものが実際の本に載っているわけだが、
今読んでみると取り立てて良い文章とは思わないが
「あなたが10都市を回った実感を書きなさい」という言葉だけを頼りに書いたものだ。
様々な事を一度に考えなければならないぎゅっと凝縮した時間は
本当に思い出深い数か月だった。

河野さんのような方に編集をしていただき幸運だったと思う。

河野さんからHPのリニューアルのご案内がきました。
ぜひご覧になってください。


http://www7b.biglobe.ne.jp/~studioray/books.html









2014/10/25

ベルゲール

贈り物のプリントを作るときのために…と
ずっと取っておいたベルゲールのバライタ紙でプリントをしてみた。
予想以上の美しさに少しの驚きを覚える。

まったく同じカットを他社製品のRCとバライタでもプリントしたばかりだ。
それも悪くないのだが、もうひとつ遊び心がない。

ベルゲールのバライタ紙は紙一枚にフランスの豊かな文化が凝縮したような表現力がある。

(残念ながらこのブログの写真では、その諧調を確認することはできません)


2014/10/23

台風一過

台風が2時間前に過ぎ去ったばかりの空は
普段とは確実に違う様相をみせていた。

もう最近はあまり撮らなくなった東京の景色を撮ろうと
外に出てみる。

ドラマチックな空と空中で重なり合った高速道路を
下から見上げると、有機的な美しさと無機的な美が調和して
胸をしめつけるように迫ってきた。





2014/10/13

写真とは。



建築家の板茂さんは何十年も前から紙管を構造体とした
建築物を作ってきた。
近年は大学の学生と海外の被災地へ赴き、
紙管による仮設建築や仮設住宅を作るプロジェクトを実践して
その活動は高く評価されている。

坂氏はその中で学生に対して
「今、日本にいて建築を学んでいる環境がどんなに恵まれているかわかってほしい」と語っている。
「カルチャーショックを受けることがモノを作る原動力になる」とも言っている。

私もその言葉に大いに共感する。

海外で過ごす中で、人はさまざまなカルチャーショックを受ける。
そうすると、気持ちの中で多くのものがそぎ落とされ、本質だけが露わになっていくのがわかる。

写真を撮ることだけに神経が集中していく過程が
自然に実践されるという訳だ。

海外に撮影に行く訳はこれだけではないが、
かなり回りくどく遠回りなやり方をしてでも、
私は、本質に迫る写真を撮りたいと思っている事は確かだ。












2014/10/09

新たな風景との出会い


とても内面的に言えば
私がこれまで都市を撮ってきたのは
自己と世界との関わり方を確認する作業のような部分があった。

もっと言えば、都市写真は「自己」と「世界」との関係を問題にしてきた故に選んだ被写体だったといえる。
その関係性にずっとこだわり続けてきたのだ。

一方で自然を撮ることは自分そのものを撮ることのように捉えて
いた。
生まれてから18年間ずっと自然の中で育ってきてというもの
自己と自然とを同一のものとして認識していた。
それ程自分の中に自然が入り込んでいたのだ。
だからセルフポートレートのような作品を撮る気はしなかった。

しかしここ一年の間にその位置関係に大きな変化が生じた。

自然は自分そのものではなく、もちろん都市でもない—と。

まったく別の他者として-新しい「何か」-として
私の目の前にスッと現れてきたのだ。
それはとてもさりげない現れ方だったので
認識するのに少し時間が要った。

そしてこれは私が写真作品をこれからも作っていく上で
とても大きな出来事だったと言える。


























2014/10/06

風景との出会い


何年も前、晩秋のベルリンの公園でカエデの落ち葉が
雪のように地面に積もっているのを目にした。
あまりにも綺麗だったので拾い集めていた。
その私の姿を、もの珍しそうに見ているご婦人がいた。

モスクワのホテルでは、昼間拾い集めて窓辺に並べておいた
美しい落ち葉を、ルーム係のおばさんがゴミだと思って見事に
捨ててしまった。
それ以来、気に入った落ち葉は本やノートの間に挟んで保存するようにした。

自然をこのように愛でる感覚は日本人ならでは・・・
と聞いたことがある。

美に関しての感覚は日本人は独特のものがあると
欧米に行くとかなり強く感じる。

それ故に、受け入れられることもあれば
理解されない場合も多々あるのだ。