2018/03/31

ハバナ (58)


都市のストリートは心おどるものであってほしいと、つねにどこかで願っているところが、わたしにはある。 

ここではそう思えることが愉しい。


2018/03/30

ハバナ (57)


様々な条件が東京とは大きく違うこの都市で
ほんとうにたくさんの思いが駆け巡った。

都市が人に働きかける、こちらに考えることを仕向けているのだなぁ、と深く感じる。



2018/03/29

ハバナ (56)


都市を、街を、建物を、ストリートを、そしてひとを通じて
わたしはハバナの何かを掴もうとしているのだろう。

それはじつに言葉になり難いことだ。
しかし何か単語を、まるで葉をひろい掌に重ねていくように集めていけたら・・・と願っている。



2018/03/28

ハバナ (55)


都市が人に与えるはかり知れない影響。

そして人もまた都市に働きかけるものだ。
この相関関係にわたしはずっと興味を持ちながら写真を撮っているのだと思う。


2018/03/27

ハバナ (54)


偶然と運命。
彼女を撮れたことは偶然だけれど、その準備をしていたから撮れたものだ。
そしてシャッターを押す決断をわたしはどこでするのだろう・・・?ということを最近考えている。


2018/03/26

ハバナ (53)


この都市の突出したアンバランスさ・・・

それは行き届かない都市構造やインフラから発せられる空虚感と、
反面、ひとの潜在するはかり知れないエネルギーが無造作に折り重なり、
不思議な諧調を生み出しているように感じられる。



2018/03/25

ハバナ (52)


そこに何があるのか。
そしてどこに向かっているのだろうか。
ハバナについて考えるとき、わたしには過去ではなく未来しか見えてこない。


2018/03/24

ハバナ (51)



この旅で、親子の顔や姿が似るということに私の目は反応していた。
メキシコシティでもハバナでも、親子がよく連れ立って歩いていた。

わたしが外国人だから特別にそのことに気付くのか、感覚が研ぎ澄まされている旅の途中だからか、それはわからない。
しかしそれについて感動的に発見し、感じ入ったものだった。





2018/03/23

ハバナ (50)


見ず知らずのひとにレンズを向けることは
一方的で品位に欠ける行為だ。

それは時にきびしくとらえられることもあるのだが、
ハバナではその受け止め方が穏やかで、とてもありがたかった。


2018/03/22

ハバナ (49)


映画のワンシーンのようなハバナ市民の生活の中へ
するりと入って行けること、
それはこの街の大きな魅力だった。



2018/03/21

ハバナ (48)


人と人がどんな話をして
どのように暮らしているのかな・・・と
ちょっとのぞいてみたくなった。



2018/03/20

ハバナ (47)


みなが家族の様な距離の近さ-
それはどんな感じなのだろうか。


2018/03/19

ハバナ (46)


ひとびとが路地でたむろしているすがた、それは
ゆるやかなひかりの束のようだとおもった。




2018/03/18

ハバナ (45)


ひとが集まることで起こるさまざまな出来事。
一つには、それを見たいのだと思う、わたしは。



2018/03/16

ハバナ (44)


それはひとびとの目を見ていた日々でもあった。
無垢でおだやか、そして少し沈んでいると感じたこともある。



2018/03/15

ハバナ (43)


ハバナの別の側面が見たくて、西へ数キロ歩いてみた。
Almendaresという川がハバナをちょうど真ん中で
東西を分けるように流れている。

そのときは引き返したのだが、いまふと、向こう側へ行ってみたくなった。


2018/03/14

ハバナ (42)


-街にはひと-
でも急いでいる人はあまりいない。


2018/03/13

ハバナ (41)



からっとした空気と白熱が、街を蔽っている。



2018/03/11

ハバナ (40)


とくにメキシコシティからここにやってきたわたしには
そのことは衝撃的だった。






2018/03/10

ハバナ (39)


都市のなかでの人との距離感、そして人に対して身構えるということ・・・。
そんなことが、ハバナでもあることはあるのだが
他都市と比べ、きわめて少ないと感じる。


2018/03/09

ハバナ (38)



下町のひとびとの佇まいは、国境を越えてしまうような類似性があるのかな・・・。


2018/03/07

ハバナ (37)


ハバナでは、都市の中でひとびとが農民のような暮らしをしているのかもしれない—

多くの他の国とは、別の方角を見ているのだと思った。



2018/03/06

ハバナ (36)


ハバナのひとびとが地面を蹴りあげる姿、
それは躍動感と浮遊感

自由という名もなき鳥の翼の音がきこえてくるようだ。


2018/03/05

ハバナ (35)


ハバナの新市街で。
ゴーギャンの絵のような光景を何度か目にする。


2018/03/04

ハバナ (34)


ハバナの新市街(近代的なビル群と経済、政治の中枢部)の少し端に位置するこの辺りは
緑豊かな閑静な住宅街で、どこにでもあるような都市の平和な風景そのものがひろがっている。




2018/03/02

ハバナ (32)


さわやかな風が
好んで通りたくなるようなストリート。

そこに居合わせたひとたちと。


2018/03/01

ハバナ (31)


ハバナの都市の面白さは内と外の違いの少なさだと思う。
ひとびとの遠慮のなさ、かくしごとのなさが、外側に表出している。




2018/02/28

ハバナ (30)


地球上の国々がどこへ向かっているのか、という問いに対して考えるとき
キューバは鍵になる国だと思う。

2018/02/27

ハバナ (29)


この国は隣の芝生なのか、それとも本当のユートピアなのか・・・。
そのことは、メキシコシティにいたときから考えていたテーマだった。

旅に持参した大江健三郎の『「雨の木」を聴く女たち』
によるところが大きい。




2018/02/26

ハバナ (28)


この都市の開けっぴろげさはどこから来るのだろうかと
考え着いた先には・・・
彼らが圧倒的にもっているものは「時間」だと思った。

反面、わたしたちは時間を売り渡してしまっている。


2018/02/25

ハバナ (27)


ハバナでは、人の存在感が都市に負けていない。

モノへの崇拝がないからだとおもう。

ここは稀有な都市だ。




2018/02/24

ハバナ (26)


都市の孤独ということばは、ハバナにはあまり合わない。

個人で何かを所有するという感覚が薄く
町はみなのものである、という共通認識のようなものを
すごしていく中、わたしは感じていた。


2018/02/23

ハバナ (25)


キューバには〝からっとした明るさ″という言葉がぴったりくる。
気候は暑く乾燥していて、ひとびとはオープンで裏表がない。

レンズを向けると、ムッとするか、笑うかのどちらかだ。

この反応は、わたしにとってはとてもありがたいことだった。






2018/02/22

ハバナ (24)


「飛び立った跡、溶け込む飛行機雲のイメージ、それは見る者を、コメント、文章を読むものをふわっと今でも浮かせます。」

以前あるひとからもらったことばだ。

20歳のころのわたし、その中にはジャンボジェットくらいのスピードの時間が流れていたのかもしれない。

いまはゆっくりと走っている、そんな感じだ。
飛行機や新幹線の中からでは、外の季節を感じ入ることは
なかなかむつかしい。
もっと時間を掛けてもいいよ、ともうひとりの自分の声が聞こえる。




2018/02/21

ハバナ (23)


隆起して路肩にななめに食い込んだような道路や
風雨にあらわれ続けてきた外壁。

それらは、これまでに体験したこと、過去に映像や写真でみたフウケイにどこかでつながっている。

その回路を思うことーそして記憶のふたをそっとあけてみる。



2018/02/20

ハバナ (22)


このまちの時間は、にぶくゆっくりと流れている。

まるでスローモーションの連続をみているようだ。

それは記憶に痕跡をのこすための儀式の様にもおもわれる。



2018/02/19

ハバナ (21)


キューバは貧しい国と言われるけれど
本当にそうなのだろうか。

まずしさとはなんだろう。
富とはなんだろう。



2018/02/18

ハバナ (20)


芸術において
天使の入る隙間、天使の訪れる場所を空けておくということはなんだろう―
ということを最近考えている。





2018/02/17

ハバナ (19)


すこし東京の下町の路地を思わせるようなところもある。

ここでは肌の色やルーツが違っても、みなで一緒にくらしている。








2018/02/16

ハバナ (18)


この都市はなんだろう・・・?と
ハバナは考えさせてくれない。
その前に人がくる。

ひとのエネルギーや熱量が
街という器からこぼれ出し
そこかしこにただよっている。



2018/02/15

ハバナ (17)


ハバナの若い女性が街を歩く身ごなしは、
あふれ出る強さと、かがやきをまとっている。



2018/02/14

ハバナ (16)


キューバのことをおもうと今でも不思議な気持ちになる。
本当におなじ地球上にいま存在している都市なのだろうか・・・と。
白日夢か映画の中の世界だ、ここは。

キューバの人が東京に来たら、同じことを思うかもしれない。


2018/02/13

ハバナ (15)


ハバナ旧市街のはずれは、およそ観光の雰囲気からは遠く
ひとびとの生活のにおいがする。

都市のなかへ入ってきた、という空気がつよく漂う。


2018/02/12

ハバナ (14)

カラーとモノクロ写真の違いをしばらくの間、考えていた。

ふとリンゴの木があたまにうかぶ。
19歳まですごした実家の敷地の隣と、向かいの2方向はりんご畑だった。
冬季、りんごの実はもちろん、葉のすべてがおちる。
樹はそのごつごつした太い幹や、仁王像の掌のような脈々とした枝は、そのむきだしの姿をさらす。

そぎ落とされ、質感と最低限の要素だけが際立つ。

雪の中にぽつぽつと在るグレイのその立ちすがたは
まさにモノクロの世界だった。

一方、春、葉の青々とした姿にはやがて花が咲き
蝶や虫や鳥もやってくる。
たくさんの生き物が木のまわりで歌っているようだ。
いのちが動いている、時間が流れている。
それがカラーだと思った。



2018/02/11

ハバナ (13)


ハバナではひとがうごめいている。
それは掟破りで、ちぐはぐ、ヒリヒリするようななまなましい感触とでも言えば良いだろうか・・・。




2018/02/10

ハバナ (12)


―ある写真家に捧ぐ―

絵の中と外を行ったり来たり
時間も場所もとびこえる

翼をつけて羽ばたいたり
ときに海底奥底に潜ることも厭わない

その中にいるときも
その前に立つときも
いつもあなたは
本気で追いもとめている

そしてわたしもそうなりたい、と願うようになりました。

2018/02/09

ハバナ (11)


いまではファッションの一部だが、スカートの短さは彼女たちの革命の意思の象徴だった。

かつて女性が権利を奪われそうになったときに
女性たちがスカートを短くして立ち上がった、という出来事があったそうだ。 (カーサ デ アジアで働くフレグラさん談より)


2018/02/08

ハバナ (10)


ここに住むひとびとのあいだに、境界線はない。

2018/02/07

ハバナ (9)


頭では整理できないことでも、こころでは感じられている、
それが写真だ。

ことばはあってもなくてもよいのだが
次に進めるのは、ことばがあるからだと思う。